感性とは努力の末に獲得するもの……

4日の午後、ちょっとした事情で永福町に行った。

久しぶりに行ったが、駅が立派になっていた。駅ビルは2011年の春にオープンしたばかりだそうで、ピッカピカ。あれだけ駅がキレイだと通勤・通学で利用する人も、気持ちが晴れやかになるんじゃないかなぁ。

駅がキレイなのはさておき、行ってみて何か違和感があった。しばし考えながら観察してみると、はたと気づいた。

とにかく駅周辺がスッキリとしていて、非常にスマート。放置自転車もほとんどないし、過剰な商業看板も目につかない。駅前にはパチンコ屋さんもあるが、それも街の風景に溶け込んでいる印象。

あとから教えていただいたが、どうやら永福町は文化レベルが非常に高いエリアらしい。そういった潜在的意識が品のある街の雰囲気として醸し出されているのかな。

駅のコンコースには永福町在住の彫刻家・佐藤忠良さん(2011年3月没・佐藤オリヱさんの父親でもある)の作品「冬の像(1985年)」が展示されている。

世界的な彫刻家の作品が駅の中に置かれているというだけで、地元の人たちにとっては鼻が高いことだろう。

あらためて佐藤忠良さんのことを検索してみた。宮城県出身で、日本人として初めてパリ・ロダン美術館で個展を開催し、世界的に知られる存在。自らを「生涯一粘土職人」と呼び、あらゆる賞を辞退したそう。宮城県出身らしく(苦笑?)、愚直で素朴な人物といった感じか。

気になった言葉が見つかった。

『美術・その精神と表現(高等学校芸術家美術)』の中に、つぎのようなことが書かれているらしい。

佐藤忠良さんは、美術を静止的なものではなく、変化しやまないものとして考えていたようだ。

そして、その変化というものは、「自然に変わるものではなく、努力を重ねてこそ獲得できるものだ」と説いている。

その努力の結果、人間は自由となり、「偏見や権威に惑わされず、真理や美に対して直面し、勇気をもってそれを吸収できる知性や感性を備えた」存在になることができるそうだ。

付け加えるように「生まれたままの自然児が自由な人間なのではなくて、ほんとうの知性や感性を努力の末に獲得した人間が、自由なのである」と言葉を続けていた。

以前から何度も書いていると思うが、「誰もが芸術家」なんてオレは思っていない。理由は佐藤さんと同じ。もちろん子どもの感性は否定しないし、大人よりも汚れていないし、大いに刺激を受ける部分はあるが。

それから付け加えると、美術界って感性などを磨く方法を疎かにしすぎなんだよね。まぁ、鑑賞とか、ワークショップだけでしょ。ワークショップは多種多様あるけど、どうもピンとくるモノって少ないよね。

今後の『ハート〜』のテーマのひとつは、そんな部分の挑戦も視野に入れていくのが願いなんだよね〜。

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