すぎなみ文化通信

『すぎなみ文化通信』というタウン誌がある。1988年に創刊され、24年間続いてきた。しかし、274号目の2012年11・12月号で廃刊になることになった。

残念なことだけど、始まりがあれば、終わりもある。仕方ない。。。。ね

廃刊するにあたり、「どうしてやめるの?」「かわりにやろうか?」「もったいない」などといった声も多かったらしい。しかし、こういう声に耳を貸しても仕方ない。そういう人は、まずやらないから。

トップの写真は『すぎなみ文化通信』を実質的に支えてきた芝さんがリソグラフで印刷している様子。

いまでこそ隔月だが、以前は毎月発行だった。大量の印刷や丁合作業を芝さんが一人でこなしてきた。まさに自転車操業って感じだったと思う。

昨日の座談会でちょっと話したんだけど、何かをやり続けていくためには、誰かがバカにならないとダメだと思っている。

失礼な言い方にとられてしまうと心外なんだけど、そういう点で芝さんはとてつもないバカ者だったと思う。

そんな芝さんが損得抜きに続けてきた『すぎなみ文化通信』。いまはとにかく「お疲れ様でした」という言葉しか見あたらない。

ひとつ悔やまれることがある。


それは『すぎなみ文化通信』の魅力を知っている存在だったにもかかわらず、何も伝えてこれなかったこと。もう少し『すぎなみ文化通信』の魅力を誰かに伝えることができたら、どんな部分で困っているかを知ってもらう努力をしていれば、もうちょっと違った展開になったかもしれない。

昨日の日記を引きずっているけど、社会教育ってどんなことをすべきなんだろうか? いろいろな考え方はあると思うけど、社会に必要なことを誰かが舵取りして守り続けることも重要な役割だと思っている。

オレにとって杉並の社会教育への愛情が憎しみに変わった理由はいくつもあるが、オレが考えている社会教育の役割がシッカリと果たされていなかったと<思い込んだこと>も大きな理由のひとつ。

昨日も書いたけど、いまさら杉並の社会教育の批判をしても仕方ない。誰が悪いわけでもない。気づいていても自分ができなかったことを他人に対して過剰に期待しても仕方ない。

気づいたら自分で行動に移せば良かったんだよね。。。反省。

それと、あらためて確認できたことがある。

それは、『ハート〜』もまったく同様に当てはまることなんだけど、「自分に対する後悔」がオレにとってはモチベーションにつながっていくってこと。

後悔を昇華させることっていうのは、自分の失敗に対する許しの行為なのかもしれない。

『すぎなみ文化通信』最後の製本風景。毎回の製本作業には、多くのスタッフが集まってくる。もちろん芝さん一人だけではなく、多くの人がサポートしていたのも事実
『すぎなみ文化通信』最後の製本風景。毎回の製本作業には、多くのスタッフが集まってくる。もちろん芝さん一人だけではなく、多くの人がサポートしていたのも事実
『すぎなみ文化通信』最終号
『すぎなみ文化通信』最終号