プロフィール

ハート・トゥ・アートについて 


メイン活動(イベント)に関して

『ハート・トゥ・アート』の第1回は、2000年3月に開催。「高円寺若者雑学塾」(社会教育センター主催)での活動の集大成として行われた。※イベント開催以前には、企画講座や地域新聞(ミニコミ誌?)の発行などを定期的にメンバーで手がけた。

「高円寺若者雑学塾」解散後、主だったメンバーによってハート・トゥ・アート実行委員会が設立される(渡辺が代表者となる)。名称を高円寺『ハート・トゥ・アート』として、定期的にイベントを高円寺周辺で開催。会場は杉並区の公共施設、公園、駅、商店街、銭湯などで行われた。

スタート当時はアートフリマという言葉も、まだ一般化していなかった。そういった点では、地域密着型アートフリマイベントとしては、先駆け的存在だった。

イベントのキャッチフレーズは、「もっとも高円寺らしく、もっとも自由なアートイベント」。

あくまでも室内開催にこだわり、参加作家も思いっ切り審査アリという生意気な(苦笑)スタンスで、表現でメシを食べていこうとしている人々を応援する場をめざした。室内参加者は総入れ替えするというのも大きな特徴だった。

毎回、2日間開催されたイベントは、平均すると1000数百名の来場者(メイン会場のみの実数。延べ来場者数はもっと多かったが、できるだけ実数にこだわった)。そして、2005年11月5・6日に開催された第11回の終了後、イベントとしては休止状態となる。


もともと10回まではやると宣言していたので、ひとつの区切りのタイミングではあった。しかし、『ハート〜』としての目標は6割程度しか果たせていないと思っていた。中断したくない気持ちも強かったが、結局は諸般の理由で休止となる。諸般の理由を具体的に書くのは、どうしても抵抗があるので書かない。しかし、署名運動でもして戦おう・・・という気持ちも非常に強かった。その頃から重度の「杉並病」となる。※ここでの「杉並病」とは、杉並中継所周辺で発生した健康被害のことではない。

★第1回のイベント開催から杉並区教育委員会、文化協会などから後援をいただいていました。また、社会教育センター(セシオン杉並内)にも大変世話になりました。作家さん、来場者のみなさん、地域の方々など、たくさんの方々から応援をいただきました。ありがとうございました。

補足

定期的なイベント開催とは別に、ミニ展覧会やミニイベント、協力展示などを杉並区や港区、中央区、渋谷区、豊島区などで断続的に開催。

イベント休止後も、商店街&地域イベントの協力や杉並区区役所ロビー、あんさんぶる荻窪、セシオン杉並といった施設での「人形による巨大ツリー」展示や会場装飾などの協力、延べ撮影人数2000組を超える「無料写真館」などをチョロチョロ行ってきた。

また、代表の渡辺は、杉並区内で行われた地域講座の講師などや杉並区社会福祉協議会「杉並ボランティア・地域福祉推進センター」の運営委員などを務める(ボラセンの委員は現在も継続中)。

2010年9月、セシオン杉並「子どもフェア」にて巨大絵本プロジェクトで参加。同年12月「すぎなみNPOフェスタ」で竹楽器コンサートなどを開催。

とにかく!
いろいろな想いを経て、『ハート・トゥ・アート』を再スタートさせるわけです。表現で生きていこうとしている人の生き様や、そこから生み出される作品と出会える空間を創っていこうと思っています。自分の想いと共感し合える方々と出会えたら嬉しいです。

 

そして、いろいろと発信していきます。発信していないと、何もやってないと思われるみたいだし。。。

 


by わたなべ